ごあいさつ
パーキンソン病の概要・評価について
<疾患の概要>
○パーキンソン病とは?
パーキンソン病は慢性進行性の神経変性疾患です。神経変性とは脳の神経が変性する、変化したり減少することで機能低下を呈する症状がでてくる疾患になります。また、慢性進行性とは長期的に症状が徐々に進行する疾患だということです。
発症率は、日本におけるパーキンソン病とされている方の人数は、人口1000人に1人程度で、0.1%程度だと言われています。しかし、今後の急速な高齢化に伴いさらに増加していくものと考えられます。また、パーキンソン病の研究や治療も進歩してきており、寿命を全うできるようになってきたとも言われています。一方で、慢性進行性の変性疾患であるため、経過の長期化に伴い二次的な症状も加わり病態は複雑になります。
そのため、症状が出てきた際の早期対応・リハビリ、進行を予防するための予防運動やコンディショニング、長期化した経過の中でより質の高い生活を維持するためのリハビリ・ケアの必要性が高くなってきています。
○病態と症状
パーキンソン病は、中脳黒質の変性による黒質-線条体系ドーパミン作動性神経の変性が主病変であり、大脳基底核疾患になります。
*専門的にみると
大脳基底核は大脳皮質―基底核ループと基底核―脳幹系を介して大脳皮質や脳幹を調整します。前者は外側運動制御系を介して随意運動を、後者は内側運動制御系を介して姿勢、筋緊張を制御します。
ドーパミン作動系は大脳基底核の活動を修飾します。大脳基底核は大脳皮質や脳幹の活動を抑制することにより、運動や精神機能を調節します。
パーキンソン病では、ドーパミン細胞が変性し、その結果大脳基底核からの抑制出力が亢進します。
簡単いうと大脳基底核は歩行や姿勢、筋肉の緊張を制御しています。「車でいうブレーキ」のような役割で、これを踏む働きをドーパミン細胞が変性することによって抑制できなくなってしまう。=“ブレーキを踏みっぱなしになってしまう。”状態ともいえます。
そのため、運動面では、運動は減少し、運動速度は低下し、筋緊張は亢進し(固縮)、歩行障害や姿勢障害、安静時振戦が出現します。
また精神面でも、精神活動の停滞(うつ症状)、情動発現の減少、睡眠障害、なども誘発されます。
運動も精神も過剰にブレーキされてしまう状態です。
①パーキンソン病で問題となる症状は?
以下にパーキンソン病の障害モデルの図を示します。疾患自体に起因する症状としての機能障害、二次的機能障害、それらが複合した機能障害と活動制限との関連性をモデル化した物であり、運動指導などで対応できる部分と環境調整で対応する部分、それ以外の部分とを明確にしていかなければいけません。
1.振戦
パーキンソン病では4~5Hzの安静時振戦を呈し、動作時には消失します。
2.固縮
歯車様・鉛管様の特徴的な筋緊張亢進を示す。四肢の伸筋群より屈筋群に、体幹屈筋群一側回旋筋群で生じやすいです。
3.無動
無動とみえる場面でもその詳細は、主動作筋-拮抗筋間の交代性収縮の障害により関節運動が出来ないのか、外界の手がかりに依存しない内発性随意運動が困難で動き出せないのか、不安定姿勢からの立ち直り、修正、切り替え困難で、次の姿勢動作につなげられないのか、症状は様々であり複雑になっていることが多いです。さらに、長期経過による二次的障害も合わさって、複雑・混合化した無動となっていきます。
4.姿勢反射障害
姿勢反射障害のうち静的姿勢障害としては前屈姿勢や肢位の異常、動的姿勢障害としては立ち直りや平衡反応の減弱・消失があげられます。立ち直り反射は、正常な姿勢からずれているとき、正常の姿勢に戻すように働く反射です。頭部の位置が垂直位から傾いた時、頭部を正しい位置に戻すように働きます。頭部と体幹の位置変化が刺激となり体幹の回旋を起こします。この反射の消失により、体幹や下肢の回旋はなくなり、身体は一塊となって回転します。
さらに問題になるのが、予測的姿勢調整と呼ばれるもので、動き出す際に前もって姿勢の筋緊張や共同筋運動を準備する働きを言います。補足運動野や基底核に障害があると予測的姿勢調節は著しく困難になります。例えば立位姿勢から開始される正常歩行は踏み出す側の下肢に先に体重をかけ、直ちに対側へと体重を移し、続いて体重を前方へ移します。これに引き続き両下肢の交互運動をリズムをとりながら行いますが、パーキンソン病ではこの運動が障害されます。
ここまでが4大症候と呼ばれています。
5.運動プログラムの障害
大脳皮質―基底核―視床―大脳皮質回路は皮質から出された様々な運動指令を整理し目的とする行動に必要な運動を機能的に選択する役割を果たしています。運動の速度や力などの基本的なパラメータの設定には関わらず、学習された運動の順序を自動的に遂行することや運動プログラムの抽出ならびにその切り替えを行います。
補足運動野は脳内に収められている情報に基づいた運動(内発的随意運動)の発現に関与し大脳基底核と密接に関係しています。パーキンソン病においては、基底核と強い神経線維連絡をもつ補足運動野の賦活化障害がその順序動作に関係するとされます。
これは外界の手がかりに依存しない内発的随意運動と外界からの手がかり情報を使っての外発的随意運動のうち、学習記憶などの内的な情報に基づいて行われる内発的随意運動の障害であり、すくみ現象として見られる場合もあります。最適な運動学習課題の選択、視覚等の外的情報があると円滑な運動が可能となります。
大脳基底核は、運動を遂行する上での順序や運動の組み合わせを制御します。
6.ウェストファル現象
固縮がみられる足関節を他動的に背屈した際に前脛骨筋が隆起します。その影響で筋疲労をひき起こしやすく、動作開始の筋出力の遅れにもつながりやすくなります。また、姿勢反応の出現の阻害因子にも影響する可能性があると言われています。
7.痛み
パーキンソン病患者の腰痛の出現頻度は有意に高いとされています。固縮の影響により発生、初期症状となる場合も指摘されています。前傾姿勢による腰背部筋の持続収縮により負担が増加していることも影響しています。
8.自律神経症状
腸管運動の障害による便秘、尿閉や失禁、脂顔、多汗、起立性低血圧、四肢循環障害などの自律神経障害は活動範囲の制限となりやすいです。
9.嚥下障害
初期から嚥下障害の全ての相での通過時間の延長、舌の機能不全、咽頭での食塊残留、食道逆流と食道狭窄や誤嚥、食塊形成の異常などがあるとされています。さらに姿勢の変化から頸椎は過前彎となりやすく、徐々に運動性と安定性は制限され、嚥下困難を引き起こしやすくなります。
10.心肺機能・肺容量低下、拘束性機能障害
中期以降では頸部、肩甲帯、胸郭の可動性低下により拘束性肺機能障害を引き起こしやすくなります。
11.構音障害
発話での速度が増し、単調になり、小声になります。同語反復も多いとされています。
12.睡眠障害
入眠の困難、不眠や夜間睡眠の分断化、それによる昼間の眠気等が起こります。
13.認知機能
運動プログラムの障害を筆頭にパーキンソン病は皮質下性痴呆により、内的注意コントロール障害(視空間機能・記憶・遂行機能の障害)、2つのことを同時に出来ない、リズム形成障害をきたすとされています。
14.薬物療法の影響・日内変動
薬物は吐き気、嘔吐、頭痛、疲労、めまいなどの副作用が大きな問題です。また長期間投与によるwearing-offやon-off現象、不随意運動や幻覚・妄想などの問題も指摘されています。これらは、身体症状だけでなく精神症状も変動をきたしやすくなり、変動のパターンや変動幅は一概ではありません。
薬物療法でどのように治療・薬物調整していくかにより、常に薬が効いている状態でなく敢えて効果の山をつくることがあり、その時間帯に合わせて活動するよう日課を調整する場合もあります。また夜間は長時間服用しないままであり、薬の効果が弱い間に排泄が必要になることも多いです。
15.パーキンソン病による左右差
Hoehn&YaHrの分類では一側の障害から始まるとされており、進行すると両側の障害となるものの振戦の程度、固縮の程度、進行によって斜め徴候と呼ばれる姿勢や側彎を呈するなど姿勢の傾きや、動作時の方向転換のしやすさなどに左右差がみられます。
16.症状の複雑化
パーキンソン病は緩徐進行性変性疾患であり症状は複合化し重症化していきます。身体機能と精神機能の関わりは複雑であり、症状は個別差を持って問題となります。すくみ足、小刻み歩行、突進現象、目標物近くで動けない、方向転換の困難さなどは単純に理解されにくい症状です。それらは、転倒や介護負担感などにもつながる問題です。
<評価とその意義>
○Hoehe&Yahr重症度分類
患者の運動症状の状態をイメージすることが容易であることが優れています。
Hoehn&Yahr重症度ステージ | 生活機能障害度 | ||
Stage.Ⅰ | 症状は一側性で、機能障害はないか、あっても軽微。 | Ⅰ度 | 日常生活、通常にほとんど介助を要さない。 |
Stage.Ⅱ | 両側性の障害であるが、姿勢保持の障害はない。日常生活、職業には多少の障害はあるが行いうる。 | ||
Stage.Ⅲ | 姿勢反射障害がみられる。ある程度は活動が制限されるが職業によっては仕事が可能である。機能的障害は軽度または中等度だが一人での生活は可能である。 | Ⅱ度 | 日常生活、通常にほとんど介助を要さない。通院に介助を要する。 |
Stage.Ⅳ | 重篤な機能障害を呈し、自力のみによる生活は困難となるが、まだ支えられずに立つことや歩くことはどうにか可能である。 | ||
Stage.Ⅴ | 立つことも不可能で、介助なしではベッドまたは車いすにつきっきりの生活を強いられる。 | Ⅲ度 | 日常生活に全面的な介助を要し、歩行・起立不能。 |
○Unified Parkinson’s Disease Rating Scale(UPDRS)
各種の症状を5段階に数値化したもので、4つのパートからなります。①精神症状の評価、②日常生活活動の評価、③運動症状、④ジスキネジアなどの運動症状の合併の有無の評価、⑤Hoehe&Yahr修正重症度分類、⑥ADLを10%きざみで評価したものを付け加えています。
*姿勢反射障害がみられるHoehe&Yahrの重症度分類がStage.Ⅲ以上、生活機能障害度がⅡ度以上の場合は、特定疾患(難病)医療費補助制度が受けられます。
1.身体計測
長期経過において、固縮や異常姿勢のためROM制限が生じやすい。筋収縮力の発揮に支障となり、胸郭可動性の低下は呼吸機能低下にも影響します。
2.陰性徴候
姿勢反射や立ち直り反射の異常は特定の病変部位を診断するための兆候とはなりにくい。しかし、陽性徴候である振戦・固縮よりも、陰性徴候である無動・姿勢反射障害は種々の動作能力に大きく影響し、より日常生活に支障をきたしやすく、理学療法での評価が重要になります。
3.平衡機能検査
バランス、歩行、移動能力を定量的に評価することは、進行性の変化を把握するのに重要になります。Timed Up and Go test(TUG)、Berg Balance Scale(BBS)、Forward Functional Reach Test(FFR)はUPDRSとの相関がみられており評価の有用性は示されています。基本動作の所要時間計測、10m歩行時間や3m間歩行時間も患者内の比較には有用と言われています。
4.姿勢・動作観察
(1)静的立位姿勢の観察 立位姿勢では、矢状面・前額面・水平面の観察を行い、重心線は安定した姿勢を保持するように支持基底面に落ちているか、正中線からの逸脱を評価するとともに、対象者自身がそれをどのようにとらえているかも確認します。前傾姿勢が特徴とされますが、どのように前傾しているであろうか。動作・歩行後には前傾度合いは強くなっていることが多いが、それはどの程度の運動で、どのような前傾を呈したか、それは修正可能か。強度の前傾姿勢患者でも腹臥位の可能な人が多い、臥位姿勢と立位姿勢の違いは何か。といったことを評価・分析します。
前額面での左右差がある場合には、端坐位や臥位でも観察し側屈や側彎の有無、筋緊張の左右差も確認する。中期以降左右差が強い場合には、前傾に伴って側彎が生じやすく姿勢保持の困難さからADLの支障となりやすくなっています。
(2)動的姿勢反応の観察
対象者の動作を支持基底面に対する重心位置から姿勢・動作反応をみます。対象者自ら行う動作は、支持基底面内で安定して重心移動できるのはどの程度か、支持基底面の移動とともに、重心線の落下位置も適切に移動しているか、移動した先の支持基底面で重心を安定させているか、それはどのような戦略で行っているであろうか。といったことを評価・分析していきます。
そして、支持基底面に対する重心位置から考え、頭頸部・体幹・上肢・下肢の反応の方向や方法、速度を観察します。
(3)予測的姿勢制御の観察のための動作観察
抗重力での動作時に、身体の各部位はどのような戦略をとって遂行しているであろうか。動作を区切り、次の姿勢動作に滑らかに移行できるような準備ができているかを観察します。
例えば、端坐位からの立ち上がりでは、足部はやや引き気味にするという立つ戦略が出来ているか、膝の前方移動がみられないまま膝伸展し立ち上がろうとしていないか、頭頸部・体幹の前傾がないままに立ち上がろうとしていないか。といったことを評価・分析していきます。
立位で上肢拳上する際には、姿勢保持のための頭頸部、体幹、骨盤、下肢を観察する。上肢拳上する際の重心移動の変化に併せて、前方へ重心移動するよう頸部・体幹・下肢の伸展方向への動きがみられるか、屈曲していないか、股関節屈曲位のまま骨盤後退し後方によろめいていないか。といったことを評価していきます。
このように、問題となる姿勢動作について、遂行する手順を細かく区切って観察することにより反復学習に繋げることができます。
5.動作に伴う観察
1.姿勢動作時の恐怖心
対象者自身が姿勢反応の低下を認識していると恐怖心が強く、認識が低いと恐怖心のない事がみられます。動作を遂行しようとする時に、対象者自身の安全確認の差が転倒の危険性にも影響しています。
2.動作・歩行開始、歩調の継続のため
運動開始のために、どんなことがきっかけとなるであろうか。対象者に合わせたきっかけを対象者とともに探しながら、それを対象者自身が行え、動作の継続に繋がるような言語化も学習のための重要な評価となります。
歩行開始のために上肢を左右に振ることで、重心移動を補い歩き出しが容易になることがあります。セルフコマンドという内部誘導を用いることで、意思の発動、運動プログラムの計画、実行が可能となるという報告もあります。
6.症状変動
服薬内容・時間と合わせ、対象者の症状変動について、他のスタッフからの情報収集や対象者自身に記録してもらうなどして調査します。変動の振れ幅を把握し、on時の機能維持・向上とoff時の問題解決を治療目標として計画します。
7.補助具選択のために
対象者に必要な補助具は何か、選択のために長期的視野での評価も重要になります。
(1)杖の使用について
軽症例では杖を使用することで左右差を軽減できる場合があります。動作開始の手がかりになるかもしれないが、支持基底面を拡大し安定性を向上させるためには寄与しないことが多いです。また、通常より高い杖を使用することにより前傾を抑えることに有効になる場合もあります。
(2)歩行器の使用について
歩行器への力のかかり具合を対象者が調整できなければ、転倒や周囲への事故にもつながりかねません。
対象者が他動的な重心移動に反応できる場合には、歩行車を使用し、滑車のついたものであれば、足の運びをスムーズにするかもしれないし、かえって振りだしにくくするかもしれません。ブレーキ操作の確認は必要となります。他動的な重心移動に反応できにくい場合には、滑車のないものが有効になるかもしれません。また、取っ手を高くして前傾を抑える、逆に取っ手を低くして推進方向より重心方向への力を大きくすることで移動しやすく出来る場合もあります。
(3)車いす駆動について
車いすをいつ導入するか、環境、転倒の危険性や日内変動、活動性・移動の範囲をみて先駆けて検討することが必要となります。
駆動方法については、2つのことを同時に出来ない場合も多いので、両手両足を同時に駆動に使用することが難しいことが多い。体幹伸展、肩伸展の運動が期待できず、前傾し肩屈曲位で肘屈伸により駆動するため、ハンドリムを動かす範囲はごく狭く、力も弱いことが多いです。車いすのハンドリムの位置、高さが駆動しやすいように調整する必要となります。また、安全性が確認出来る場合には電動車いすの導入も視野に入れます。
参考文献 ◆「考える理学療法|評価から治療手技の選択(中枢神経疾患編)」
文光堂、編集:丸山仁司、竹井仁
◆姿勢調節障害の理学療法
医歯薬出版株式会社、編集:奈良勲、内山靖