ごあいさつ
脳梗塞・脳出血における評価とリハビリ(セラピスト向け)
〇脳血管障害による片麻痺とは?
・運動を司令したり、姿勢を制御するインパルスが途中で伝わらなくなったり、伝わり難くなること(運動制御システムと姿勢制御システムの障害が同時に起こる)
・脳の中のほんのわずかな細胞の障害なのに身体の半分が麻痺したり、動かし難くなる。
・これはヒトの脳は複雑で、お互い強く影響しあう、すばらしい回路網で結ばれていることを意味している。(ニューロンネットワーク 神経回路網)
*片麻痺を持つということは、環境との相互作用において、進化の過程あるいは発達の過程で成熟した自律的あるいは自動化された身体反応としての「運動」が使えなくなり、その結果としての動作・行為ができなくなる。
*損傷を受けた後、生存のためにその機能を再構成せざるを得ない。
〇片麻痺患者の特徴
表層的な障害像として、腹部前面筋の低緊張と腰背部の過剰固定、麻痺側股関節周囲および肩甲帯の不安定性などが多くの片麻痺患者に共通して認められる。また、麻痺側身体では、何よりも本人の意思で手足に運動が起こせない、あるいは調節できないという運動の随意的制御に問題がある。姿勢緊張は、固定的な姿勢反応を反映して恒常的な痙性を伴う高緊張部位と、逆に様々なレベルでの低緊張が混在している。四肢の運動もそのような姿勢緊張から発生するので、非麻痺側有意な全体的なパターンかつ努力的な動作となっている。その身体の使い方を反復によって姿勢緊張の異常な傾向は増強される。
・定型的パターンの固定化
不安定性に対する過剰反応として、次の二点が見られることが多い。第一は、身体の各部位間を強く連結しておこうとする傾向です。第二は、外部環境との接触抵抗に固執して、なるべく強くかつ変化しない抵抗を求めようとする傾向です。また、下右図は典型的な片麻痺患者の典型的な背臥位と座位になります。
*上記のように固定的な姿勢セットになっている方には、四肢を動かす際には姿勢の安定性を保障することが必要となります。
ROMであっても、川平法であっても、上記のように姿勢が安定していない状況下では、運動性を得ることは難しくなります。
○なぜ個別差が診られるのか?
・障害された部位が同じでもその後の再編成に違いが生じます。また、連絡している部位にも影響が生じます。
・その為、障害像は片麻痺としての一般性を備えつつも、その片麻痺患者個人の特性や、そのおかれた環境との関係で個別性も備えています。
・厳密には損傷の範囲や程度が異なるから。
・発症年齢、性別、仕事、スポーツ等の経歴が異なるから。
・身体機能の差があるから。
・リハビリへの意欲が異なるから。
・個性があるから(性格や価値観が異なるから。)
・家族や住宅などの環境が異なるから。
・今まで受けてきたリハビリの内容、質を含めた経過によって異なるから。
*個別性に対応したリハビリを行う事が大切となります。
○脳血管障害による脳損傷の可塑性の機序
*脳の働きが変わるのは、シナプスの可塑性によります。
機能回復のメカニズム
(1)脳の可逆性:脳虚血部(ペナンブラ)領域における神経活動の機能回復であり、初期にみられる回復の大半はこの可逆性によるものです。「可逆性」とは、死滅した神経細胞の再生を意味するものではありません。
(2)脳の可塑性:脱抑制、発芽、再生、シナプス伝達効率の変化による再構成です。シナプス自体が学習機能を持つとされ、脳障害後の脳の可塑的変化は一つの学習の過程と考えられます。
(3)代償機能:代償運動・機能(動作)の獲得(再教育)、外部環境の設定。主として回復期以降はこの機能代償によります。環境を考慮した具体的課題に対する機能的トレーニングを反復する事が重要です。
なお、最近の知見によると、回復期や維持期にも大脳皮質に可塑的変化が認められ、上肢や下肢の機能が改善されると考えられています。
○中枢神経疾患に対するリハビリ
・実用的な機能に必ず結びつけること
・脳の可塑性を考慮した運動療法
・中枢神経系の協調性を追求したリハビリ
・神経的・非神経的問題を同時にリハビリ
・感覚・知覚・行動適応の問題を運動障害と同時進行的にリハビリ
・機能障害を持った脳の運動学習
(シナプスの可塑性とニューロンネットワークの再構築で生理学的には説明がなされてきているが、心理学的側面及び社会的側面を加えた全人的な捉え方が大切。自信をもって出来るようになったといった情動面の変化も大切。「セラピストが近くにいればできる。クリニックではできる。」では意味ある学習とは言えません。)
*片麻痺を呈した対象者のリハビリは運動療法
・脳の障害によって運動表出が困難になった(身体のイメージが崩れた)身体を持つようになった人間がリハビリの対象となります。
・脳(中枢神経系)が筋・骨格系を通じて環境との相互作用を維持することが困難になったり、これまでとは違ったやり方になる、つまり機能的活動(課題遂行)が努力的で非効率的になります。
・正常および病的運動行動の解明を目指す神経科学や認知心理学などの様々な学問の発展の影響をうけます。現在は、反射階層性理論を包括する「シ ステム理論に基づく運動制御モデル」が基本原理の一つとなっています。さらに、運動制御成熟していく過程として「運動行動の発達」を理解することはリハビリの目標や手順を構成する上で重要な基本原則です。運動制御の成熟は、環境との相互作用による同化と調整の結果生ずるものであり、運動学習の原理に基づいていることから「運動学習」を理解することも基本原則の一つです。
・悪いところだけでなく良いところはどこかを見つけ、良いところを利用して悪いところを直していきます。
○リハビリの具体的な目的
・患者様の活動範囲、行動レベルを改善していくため
・獲得できた機能レベルを維持していくため
・介護する方による患者様に対する日常的な管理のため
○機能とは?
・可能な限り正常に近づけるという意味での「より正常な機能」
・患者様が獲得できるとセラピストが判断した「潜在的な機能」
・患者様がこうなりたい、あるいは御家族がここまでは回復してほしい(維持してほしい)と希望され、セラピストと患者様が「挑戦する機能」
*上記の具体的な目的や機能に関して考えることは、前述の機能回復と関係しています。
○動作分析
・なぜそのように動くのか?
・主要問題点は何か?
・代償は何か?
・主要問題と、それを解決する方法の関連性は?
・評価と分析は同時に行われる。
観察、感じる(ハンドリング)
仮説検証(クリニカルリーズニング)
リハビリをしている時の反応を同時に評価
仮説の確認あるいは却下
・学習と運動の潜在性を予測していく。
○何を、どのように評価するか?
○何を、どのように治療するか?
*運動療法の対象は、
・運動発現の準備としての筋緊張の適正化
・感覚情報の有意味な利用
・運動パターンの出力獲得
・姿勢保持調整能力の獲得
・具体的運動課題遂行能力の獲得
*四肢・体幹等の受容器から、適切な運動感覚入力を促すことで、脳に新しい身体の使い方を覚えてもらっていく。(脳の働きが変われば、四肢や体幹の運動性が変化していくはず。)
*片麻痺患者の運動学習
よい運動学習を通してよい感覚を体験する。
出来るだけ正常な要素の入った感覚を経験する。
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悪い動作のやり方を覚えるのではなく、うまく動いて楽に生活できる方法を学ぶ練習。
・患者様の能動的参加
・意味ある目標
・基本的な運動学習のためには、意味ある目的動作の繰り返しが重要
*中枢神経疾患の障害像を理解することは、上記の分析やリハビリの戦略を立てる上で必要となります。